健康シリーズL「125歳まで生きる法」

WB HOUSEのBlogへようこそ!”健康に拘る”営業の河野です。資料差し上げます!
こうしてあなたと出会えたのも何かのご縁です、ぜひ「WB工法」と、「エアープロット」いう言葉を覚えて帰ってください、いつか必ずあなたのお役に立ちます!長野の棟梁が考えた「換気扇を使わないで室内の湿気・VOC・臭気を排出」する工法と、白金担持触媒で「アレルギー源を無害化する」方法です。

図書館でたまたま出会った「125歳まで生きる方法」(医学博士 西田育弘著 誠文堂新光社)(循環生理学者が最前線の研究から伝えたい、長生きする秘訣50)、示唆に富んだ内容で大いに参考になりました。
私の人生目標も、たまたま「125年」を公言してきましたので、あまりの偶然に驚いています。

いろんな健康法をとっかえひっかえ試してきましたが、2024年1月18日現在も継続している「健康法」は以下の通りです。(最新版はこちらから・・
長いものは69年も継続しています・・・。継続は力なり!
1)パワープリーズ・・・8年4か月
2)クエン酸・・・8年4か月
3)炭水化物を控える・・8年11か月
4)朝食抜き・・・9年8か月
5)生姜紅茶・・・1年
6)人参リンゴジュース・・・9年8か月
7)アブスリマー・・・9年
8)ガム噛み1時間・・・10年8か月
9)対向車のナンバー足し算・・・11年
10)水泳・・・11年1か月
11)水素水(神透水)・・・11年1か月
12)FreeLine・・・11年(たまに・・)
13)筋トレ・・・17年
14)加圧トレーニング・・・17年
15)パンツをぬいて寝る・・・17年10か月
16)青竹踏み・・・17年8か月
17)半身浴・・・17年7カ月
18)日記・・・37年
19)入浴時にタワシで全身洗う・・43年
20)真向法体操・・・51年
21)風呂上がりに冷水浴・・69年

以下、私の忘備録メモです。。

腹が減っても戦はできる
 お腹がなったら「活動」のサインです。動物は、空腹になると狩りに出かけます。つまり、空腹は餌を取りに行くサインなのです。
 ヒトはどうでしょう?お腹がすいてくると、血中のカテコールアミンというホルモンが増えて交感神経が活発になります。交感神経が活発になると、血圧と心拍数が上がり興奮状態になります。動くのに適した状態になるのです。それと同時に攻撃的になります。動物と同じで、狩りにでかけるのに適した状態です。
 お腹がすくということは、エネルギーが不足していて動くのには適していないと思いがちですが、実際は、糖質が減ってきても、血糖値を保つしくみが体には備わっています。私たちの祖先はそうして餓えと闘ってきたのです。「腹が減っては戦ができぬ」と言われますが、本当は、適度にお腹が空いているほうが、戦闘にはてきしているのです。

 

人はなぜ老いるのか
細胞が年々老化していく
 老化の原因はいろいろあります。その中で最も影響が大きいと思われるのは「活性酸素」です。細胞を傷つける活性酸素に長年さらされているうちに、しだいに細胞が損傷し老化していきます。また、遺伝子の中にも老化を促す遺伝子があると考えられています。ある遺伝子障害では12〜13歳で80〜90歳のような動脈硬化を伴う容貌になる疾患があるからです。
 細胞が老化するほかにも「機械的摩耗による老化」もあります。関節や歯などの支持組織は長年酷使することで物理的にすり減ってきます。すり減ったところが修復されないままだといずれ機能を失っていきます。こうしてもとあった機能が使えなくなっていくことも老化の特徴です。
 あったものが無くなっていくだけでなく、反対に不要なものが蓄積していくことで起こる老化もあります。それが、脳に起こるとアルツハイマー型認知症、血管に起こると動脈硬化になります。

 

細胞の老化を早めるのは「酸素」
 体を構成している細胞や分子は半年から1年ですべて新しく入れ替わります。このとき中心となって働くのが遺伝子です。遺伝子は、細胞分裂をするときも細胞の一部を修復するときも必要で、人は遺伝子がなければ細胞を再構築することができません。この遺伝子には天敵がいます。それが「酸素」です。生物として発祥した頃、細胞は今のようなつくりではなく、核とミトコンドリアは別々に存在していました。その理由は、ミトコンドリアが扱う酸素にありました。核は酸素が嫌いで長年避けてきたのです。その性質は今でも変わらず、遺伝子は酸素が大の苦手です。
 ところが、進化の過程で細胞はミトコンドリアという莫大なエネルギーをつくれるものを取り込み共生することに成功しました。それによって、飛躍的に生命活動力を得ることができたのです。しかし同時に大きな問題も抱え込みました。ミトコンドリアがエネルギーを作る際に使う酸素を、自らの細胞の中に取り込むことになってしまったのです。莫大なエネルギーを得る代わりに、ずっと遠ざけてきた酸素を取り込まざるを得なくなったというわけです。
 酸素は容易に活性酸素を産生します。活性酸素は、核膜や遺伝子を損傷させてしまいます。また活性酸素は、核だけでなく、細胞を守っている輸送たんぱく質や細胞膜までも障害してしまいます。このため、活性酸素の産出量が多い生物ほどその寿命が短いのです。
O2産生量が多い生物ほど寿命が短くなります。O2産生量は代謝量に比例しています。つまり、代謝が高いほど活性酸素が多く出て寿命は短くなります。

 

損傷した細胞が複製されることで老化が進む
 遺伝子を攻撃するのは、活性酸素だけではありません。紫外線も遺伝子を強く損傷させます。太陽光は地球上の生物エネルギー源には違いありませんが、同時に紫外線や宇宙線を大量に放出しています。地球ではオゾン層がそれを遮断してくれていますが、近年オゾン層の破壊が問題になっているように、いたって心細いところがあります。
 このように、生命の中心にいる遺伝子は、内から活性酸素、外から紫外線や宇宙線にひょって損傷され続けます。遺伝子は細胞分裂する過程で複製されます。損傷されたDNAの一部は酵素によって補修されるものの、損傷が残ったまま複製され続けるものもあります。それが、細胞の老化になっていくのです。

 

活性酸素はこうして細胞を傷つける
 細胞は、油の膜(細胞膜)で包まれています。細胞の外から物質が勝手に入り込まないように油で包み込んでいるのです。細胞の中の物を排出したり、取り入れたりするのは輸送たんぱく質の役目です。輸送たんぱく質は、細胞のまわりをぐるぐる流動的に移動しながら、排出・取り入れの選択をし、必要に応じて、細胞の入口を開けます。これを「選択的透過」と言います。たとえば、カリウムとナトリウムを入れ換えるたんぱく質はこういう条件でなら入れる、と厳しく決まっています。この輸送たんぱく質が故障すると細胞の中のナトリウムとカリウムを入れ換えられない状態になり、細胞は生きていけなくなります。活性酸素はこの輸送たんぱく質を攻撃し、動けなくしてしまうのです。そして最終的に核を傷つけます。

 

活性酸素はすごい確率で発生している
 活性酸素は、酸素を使ってエネルギーを産生する際に必ずできてしまいます。つまり、生きていくうえで絶対に発生するものなのです。酸素を使って生きていることはピンとくると思いますが、酸素がどのように体の中で働いているかは想像しにくいでしょう。
 酸素は外側に電子を2個つけています。この電子2つをやりとりすることで、エネルギーをつくり出しています。酸素を使っているというより、酸素の一番外側の電子を動かすことでエネルギーをつくっているのです。電子が1つ出ていくと(はずれると)エネルギーが発生します。そのとき残った1つが行き場を失い、他の分子や原子とくっつこうとします。通常は、すぐに次の電子がやってきて安定するのですが、100回に1回はこれが行われず、不安定な酸素ができてしまいます。それが細胞を攻撃する凶器になってしまうのです。100回に1回というのは非常に多く、つくったエネルギーの2〜5パーセントは活性酸素が出ていることになります。
 安静時基礎代謝を1500キロカロリーとすると、この5パーセントの75キロカロリーは活性酸素ができてしまう計算です。75キロカロリーは糖に置き換えると20グラムです。毎回食べた分の20グラムは活性酸素になり
毎日繰り返し細胞を傷つけます。それが死ぬまで続くのです。生きるためのエネルギーをつくりながら、そのうちの5パーセントは自分を攻撃しているというジレンマです。
 この活性酸素が唯一役立つときがあります。それは、細菌感染したときです。白血球が活性酸素をふりかけて細菌を攻撃します。自分を守るための攻撃の武器として使われます。
 活性酸素を体の中で処理する力も人には備わっています。SOD(スーパーオキサイドディムターゼ)という酵素です。それが、活性酸素を水と酸素に換えてくれます。この酵素のおかげで、発生した活性酸素をある程度処理できます。しかし酵素が対応できるのには限界があります。すべてを処理してくれるわけではないのです。どうしても一部残ってしますのです。

 

何かしら「負」のものを抱えて生きている
 生物界は、物理界と違って理論的には理解できないことが多くあります。バラエティーに富み、かつ、とても変幻自在、ファジーすぎて予測のつかないことばかりです。いつかは理論によって予測できるようになるのでしょうが、今はまだその域には達していません。
 この生物界の多様性は、遺伝子の組み換えによってさまざまな新しい挑戦をしていることから生じています。この遺伝子の挑戦は、みなさん一人ひとりの中でも起こっています。一人ひとり、それぞれに違いがあり、遺伝子が小さな挑戦をした結果、脳を含めてみなさんの今の体となっています。
 完璧に健康で、何の疾患も異常もないという人はいないものです。誰しも、何がしかの負のものを背負い込んでいます。皮膚炎、アトピー、食品アレルギー、糖尿病。時には脳梗塞、腎臓病、けがや外傷、精神疾患など。自分のことだけでなく、子供の病気や先天異常や精神疾患など、あるいは両親の病気や介護のこと、また、体のことだけではなく経済的行き詰り、まわりの人たちとの人間関係のもつれなどもあるでしょう。これらは私も含めてみなさんの共通の悩みとなっています。そしてこれらが辛いことには違いありません。しかしこの荷物は、皆が一様に背負い込んでいるもので、あなただけの特別なものではありません。いわば、これら負のものは抱えていてあたりまえなのだろうと思います。
 一方、我々人間は進化の過程で「不老・不死」を捨て、種を保存する方法を選びました。障害の避けられない傷んだ遺伝子を一旦棄却し、あらたに組み換えをした新しい遺伝子をもつ生命をつくり残すという方法です。つまり、個人には「寿命」があるということです。さらに言うと、「必ずいつかは死ぬ」のです。この確率は100パーセントです。
 必ずいつかは死ぬ運命にある我々の命なのです。多少病気や障害があってあたりまえです。そこに焦点を当てても何も生まれ得ないものです。それを抱えながらも自分の「陽の面」に焦点を移し、限られた人生を楽しむように心がけたほうがいいのではないでしょうか。神や仏がいるとすると、おそらくこれを望んで生命を作成しているのだと思います。科学者として「神」や「仏」を出すのは誠に心苦しいのですが・・・。
 最近はテレビでもラジオでも、健康番組が目立ちます。どの内容も確かに「明らかなウソ」ではないのですが、全身で成り立つ生命を生理学として理解し教えている者からみると「若干ちがうのだがな〜」と感じる局面が多々あります。我々は、臓器だけで生きているのではありません。多少の欠点はあっても全身がそれをカバーします。しかし必ず死にます。そのことを理解して欲しいと思います。自分のいいところを十分に眺め、伸ばし、天から与えられた命を、報道に惑わされることなく、存分に楽しんでいただけたらと願ってやみません。  

 

 

やせているより太っているほうが長生き?
 かって「成人病」、今は「生活習慣病」と言われる異常が世間に知れわたるようになってから、体脂肪は悪者というイメージが一般的になりつつあるようです。確かに過度な肥満は病気のリスクを高めるので非健康的です。しかし、体脂肪はそれほど悪者ではありません。むしろ、やせている人よりふっくらしている人のほうが長生きするとも言われています。
 BMI(Body Mass Index)という数値があります。身長と体重から算出する体の大きさの基準です。この指数が体脂肪率と相関するため体脂肪率の目安としても利用されています。計算式は「体重(Kg)÷身長(m)の2乗」で表されます。たとえば、身長160センチ(1.6m)、体重55キロの人のBMIは21.5、身長160センチ、体重65キロのBMIは25.3です。一般的にBMIは22くらいが標準とされるので、65キロは体脂肪率がやや多めという結果になります。
 しかし、生理学者からすると22を正常値の基準にするのは適切ではなく、25くらいがのぞましいと考えられます。その理由として、BMIは身体を鍛えたフランス人兵士のデータをもとに作成されているからです。BMIはベルギーの数学者アドルフ・ケトレーが19世紀にフランス兵士約10万人の身長と体重を調べ、それをもとにつくられました。戦闘に備えて鍛え抜かれた兵士の体の平均値を一般の人にそのまま適応するのは無理があるのではないでしょうか。
 BMIの適正値は25だと主張する理由はそれだけではありません。脂肪が持つ力です。脂肪が軽量にして高カロリーを保存できること、また食事制限の実験結果から、人が人らしく生きていくうえで体脂肪がいかに必要かということからも体脂肪は、生命維持・種の保存に大変重要で、「命の予備力」と言えるでしょう。実際に高齢者をみていると、BMI値が25以上の人のほうが余命が長いようです。加齢に伴って小太りになっていく人のほうが脂肪という予備力をためているので長生きできるからだと考えています。

 

我慢して125年生きるより楽しく80年生きればいい
 125歳を寿命として人生設計をした場合、現実的にはかなりストイックに生きることになります。ストレスのない社会生活を送り、食べ過ぎないように食事の量を制限し、適度な運動を行い、生体リズムに合った規則正しい生活を送る。もちろんできないことではありません。しかし、それを楽しめる人はごく一部だと思います。多くの人が、わかっているけどできないだろうし、苦痛を感じたりするでしょう。そこなのです。言ってしまえば、そこまでストイックに生きてまで125歳まで生きたいか解くことです。
天から与えられた125歳という限りある命。125歳まで生きられるポテンシャルはあるものの、現在の生活環境では精神的・身体的ストレスがあるために、80歳を最終寿命にするのが現実的です。ならば、その80年を楽しく生きたらいいでしょう。自分の好きなことをするために何かを犠牲にすることがあるかもしれません。それでも構わないではないかというのが私の見解です。
  医学博士 西田育弘