スーパー先輩!

スーパー先輩!

【スーパー“先輩”!】
統括部長(富士電機)→ヒラ(ITbook)→社長(ITbook)→ヒラ(ダリケー)

 今(2024年)から五十数年前、山梨大学の武道場で前垂れに大きく名前を書いた「汗臭い雑巾のような道着!」を着せられて、ひたすら「騎馬立」「平安立」の基礎練習で「シゴイテ!」貰っていた空手部一年生の我々を、仕切りの無い隣の柔道部の畳の上から、あの独特の「タレ目」で優しく?見守っていてくれたのが・・この「伊藤先輩」だった。その先輩が卒業後富士電機に入社されて、以後もこんなに活躍されていたとは・・!!
 2009年、富士電機の統括部長の時60歳で中途退職し、社員27,000人の富士電機から50人の新興企業(デュオシステムズ。後のITbook)の「IT系のコンサルティング会社」の世界へ、平社員同等の扱いで飛び込んだ・・が、当時のデュオシステムズは業界内での評判は芳しくなく、赤字だった・・。伊藤さんは、営業として「自治体クラウド」に取り組んだ。
4年後、伊藤さんが社長になった2012年3月期の決算は、売上高4億円、営業利益1500万円、当期利益1500万円であった。それが2018年3月期は売上高73億円(18倍!)、営業利益4億円(27倍!)、当期利益2.3億円(15.3倍!)。これが伊藤さんのの成績である。
 ・・・ところが、ここで終わらないのが伊藤さんの凄いところ!「同社に9年いて、そろそろ次のことを考えたい」と思い出した。
そんな時、チョコレート会社ダリケー吉野慶一社長の講演を聞いて「全身を電流が走った。『日本にもチョコレート文化を作り、みんなが楽しめるようにする』これが自分の次にやるべき仕事だ」と瞬時に確信した。
伊藤さんは吉野社長の講演を聞き、「自分も一緒にチョコ文化を作りたい。自分は技術屋で、その面で御社を伸ばすことができる!」と社長に手紙を出した。面接後、役員待遇というオファーを断り、「ヒラで入社したい。給与も最低でいい。」と伊藤流を貫き、2018年7月から仕事を始めだした・・・。
梨大万歳!!スーパー“先輩”!万歳!!

 

伝説のスーパービジネスマン(上)統括部長→ヒラ→社長→ヒラの人生

 

 

伝説のスーパービジネスマン(下)転職は「年収・肩書に執着しないで