『読書という荒野』見城徹著、幻冬舎
見城徹:1950年静岡県生まれ。
慶応技術大学卒業後、廣済堂出版入社、初めて自分で企画した「公文式算数の秘密」が38万部のベストセラー。75年、角川書店に入社、「人間の証明」や5本の直木賞作品をはじめ数々のヒット作を生み出す。93年角川書店を退社、幻冬舎を設立。
「大河の一滴」「弟」「ふたり」「ダディ」「永遠の仔」「13歳のハローワーク」「置かれた場所で咲きなさい」など、24年間で23冊のミリオンセラーを世に出す・・・。
幻冬舎の本が、なぜか私の”感性”に響く作品が多い。
なるほど社長の見城徹氏(2018年現在)が、「生き様はまるで違う!」けど、「見てくれ!」だけは私に似ている・・?
ズングリムックリの外見を見ていると・・「他人とは思えない・・?」ので「比較!」してみた。
名前:『見城徹』「河野恭教」
容貌:『怪異』「怪異」
体形:『ズングリムックリ』「ズングリムックリ」
眼鏡:『掛けている』「運転時のみ」
誕生年:『1950年』「1948年」
出生地:『静岡県』「愛媛県」
出身校:『慶応義塾大学法学部』「山梨大学工学部機械科」
勤務先:『廣済堂、角川、幻冬舎』「池貝、キョーリン」
業種:『編集者一筋』「機械屋、WB工法営業」
拘り:『徹底的にやる!』「気長に継続」
趣味:『筋トレ』「筋トレ+水泳」
住居:『高層マンション最上階』「畑の中のWB工法の家」
眺望:『豪華な夜景』「緑一杯の芋畑」
室内壁:『エコカラットや大理石・・多分』「WB工法の透湿壁」
室内空気環境:『換気装置頼り・・』「換気扇不要!で、いつも爽やか!」
読書量:『半端無い!一時期は、1冊/日』「中途半端な乱読」
五味川純平「人間の条件」:『高校2年生で読んだ』「中学生で読んだ」
ドストエフスキー:『読了』「未読」
学生運動:『一時傾倒するが、逮捕される!と離脱』「右翼系ノンポリ」
スポーツ:『高校時代にラグビー、社会人でテニス』「大学時代に空手一筋」
友達:『無数』「コーセー、白井、FB他」
仕事に対する心掛け:『徹底してやる!』「それなりに・・」
日々の業務:『超多忙?』「暇で・・ジム通い」
朝食:『グリーンデトクサー』「人参・リンゴジュース」
健康維持:『豪華な専門医?』「実感オートファジー!」
年収:『3億円?』「年金暮らし」
小遣い:『無制限?』 「¥15,000」
毎日の食事:『365日、40年間外食』「ほぼ毎日自宅で」
エアープロット:『知らない(多分)』「“日本を救う!”と拡販中」
結婚:『バツイチ』「バツゼロ」
子供:『0・・?』「3人」
孫:『0・・?』「6人」
・・・どちらが幸せ?
「本書」からの備忘録!
【だから僕は、読書体験を通じて、左翼的な理想主義に一度も傾倒していない人を信用できない。そうした人間は、人としての厚みがない。
ヘミングウエイに触発され、僕は27歳から37歳までの時期にウエイト・トレーニングに傾倒した。「身体が締まっていなければ、意志もたるんでしまう」と考えたからだ。週に1度の休息日を除いて毎日トレーニングを行い、120キロのベンチプレスを持ち上げ、自分を徹底的に追い込んでいった。
42歳で幻冬舎を立ち上げたときには、不安と戦っていた。誰もが僕の挑戦を「失敗するだろう」と言った。むしろそれは、「失敗してほしい」という嫉妬からくるのかもしれない。そのとき僕は、編集者としてではなく、1人の人間として無性に本が読みたくなった。孤独と不安を読書によって埋めようとしていた。困難に陥ったときには、人は藁にもすがろうとする。そのときに心のよすがをどこから得るかといえば、やはり読書しかない。困難を突破する答えは、スマートフォンで検索すると出てくるように錯覚しがちだ。しかしそうして出てきた答えが、自分の人生を前に進めることはない。
ぼくは平和な日々よりも、悲痛な日々のほうが生きている実感を味わえる。ことごとく自分が願うものを成し遂げた上で、それでも全部を果たし切れずに、絶望し切って死にたい。この言葉は僕にとって劇薬である。絶望し切って死ぬために、「お前は今日一日を、最大限生きたのか」と問われているような気持ちになる。
何度でも書くが、正確な言葉がなければ、深い思考はできない。深い思考がなければ、人生は動かない。】
「御意!!!」